映画:忘れられない一瞬がある

「パンズ・ラビリンス」
Pan’s Labyrinth


切なく残酷な大人向けダーク・ファンタジー





 世界各国で賞賛された本作は、米国アカデミー賞で撮影賞、美術賞、メイクアップ賞を受賞。カンヌ映画祭では22分間のスタンディング・オベーションを受けた。
  ギレルモ・デル・トロは、その独特な映像描写やクリーチャーの造形で世界的に評価されている監督。そんな彼の作品中でも本作は最高傑作と言われている。 ちなみに、ギレルモ・デル・トロは日本のポップカルチャーに造詣の深い自称オタク外国人。「パシフィック・リム」公開時に来日した時は、お台場のガンダムや秋葉原などを訪問し、大はしゃぎする姿も話題になった。監督によると「パンズ・ラビリンス」では、現実世界とラビリンスが頻繁に交互するため、ラビリンスでは暖かさや情熱を感じられる暖色系を、残虐な現実世界では冷たさを感じられる寒色系を用いることで2つの世界を区別したそうだ。
  物語は1944年、フランコ独裁政権下のスペインが舞台。将軍の勝利で内戦は終結したものの、ゲリラは山に潜み、激しい戦いが続いていた。 おとぎ話が大好きな少女オフェリア(イバナ・バケロ)は、臨月を迎えた母親カルメンとともに、その山奥の駐屯地へ向かっていた。仕立屋だった父亡きあと、山奥の駐屯地に就く独裁政権軍の大尉、ヴィダル将軍(セルジ・ロペス)と母が再婚したからだ。
 妊娠してから体調が思わしくない母にとって、山中で生活するのは危険なことだが、新しい夫の方針に従わざるを得ない。将軍は暴君と呼ぶに相応しく、自分の子を宿したカルメンには興味はあるが、義理の娘には全く関心がない。しかも生まれて来るのは男の子だ、と勝手に決めつけている。 駐屯地に向かう道中で車を止めた間、オフェリアは古い石像を目にする。足元に落ちていた石の欠片を石像に埋め込むと、そこから巨大なナナフシともカマキリとも判らない一匹の虫が現れ、何かの合図を送ってくる。 ある夜、冷酷な義父にどうしても馴染めないでいた彼女の前に、その虫が現れる。オフェリアが虫に「妖精はこんな姿よ」とティンカーベル風の挿絵を見せると、虫はバキバキと自らの体を変化させ妖精の姿になる。そしてオフェリアを庭の奥にある迷宮へと誘った。
  そこにはヤギの頭と身体をしたパンと呼ばれる幻獣のようなものが待っていた。パンは彼女に驚くべきことを告げる。オフェリアは地底の魔法の王国の王女、モアナの生まれ変わりに違いないというのだ。そして、満月の夜が来るまでに3つの試練に耐えられれば、本当の父母が待つ王国へ帰ることが出来るという。
  パンの言葉を信じたオフェリアは、進むべき道を標してくれる本を手に試練に挑む。果たしてパンの語るラビリンスとは?そしてオフェリアは試練に耐え王女に戻れるのか…。 ポスターや予告編のイメージから、もっとファンタジー色の強い作品だと思っていたが、ところがどっこい。実際はファンタジー的な世界と、現実に起こるゲリラと政府軍との戦いがコインの裏と表のように描かれているので、ファンタジー的な要素だけを期待して観ると裏切られることになる。 ヴィダル将軍に象徴される現実世界では容赦ない拷問、流血、殺傷といったシーンも多く登場するし、ファンタジーの世界も、おとぎ話のようにメルヘンな世界とは程遠い。オフェリアが入り込む迷宮世界は、現実とはまた違った意味で禍々しく、冥府魔道の趣すら感じさせる。 そして、一度見たら忘れられないクリーチャーの造形はさすがデル・トロ監督。その独特なグロテスクさに魅了されるファンが多いのも頷ける。 特に2つめの試練のシーンに登場する目の無い不気味な怪物(ペイルマン)は強烈。 ペイルマンは豪勢な食卓に1人で座っている。部屋の左側には彼が食べた子供の絵が掛かっている。たるんだ全身の皮膚、つるんとして目玉のない顔面、その両手には毒々しい血がこびり付いている。そして、皿の上に眼球がふたつ。 パンに「何も食べるな、何も飲むな」と警告されていたオフェリアは、この部屋で妖精が引き止めるのも無視し、ぶどうを何粒か食べてしまう。そして予想通り、ゆっくりと動き出したペイルマンが皿の上に乗っている目玉を手のひらに埋め込んで、顔の前で手のひらを広げてオフェリアを“見る”。 観客は「私だったら絶対食べないのに」と苛立ち、ペイルマンが動き出すのを観て「ほらみたことかー!」となる。ハラハラドキドキしている段階で、すでにこの作品世界に引き込まれている証拠だ。このあたりの演出、手に汗握る展開は実にお見事。
  そして、とにかく映像の美しさが心に残る。暗い現実と対比するような、金色の光に包まれた魔法の国でのラストシーン。その美しさはすべてを救済するかのような黄金の光に満ち溢れている。 物語は、本ばかり読んでいる夢見がちな少女の空想なのか、それとも本当の事なのか分からない。このラストもハッピーエンドかバッドエンドかで意見が分かれるだろう。それは観た人の感じたままでいいのだと思う。そのあたりの匙加減、曖昧さ加減も絶妙だ。 主人公は少女だが、子供向けではない。ダークな映像の素晴らしさ、クリーチャーたちの造型の素晴らしさ、そしてハリウッド映画では考えられないラストなど、全てが濃厚で美しく、観る者の心にずっしりと重い余韻を残す作品である。

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