映画:忘れられない一瞬がある

「プリズナーズ」
Prisoners



最愛の娘が誘拐された時、父親がとった手段は…




 監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは「灼熱の魂」や「複製された男」などで知られる気鋭の監督。数多くの受賞・ノミネート歴があり、2017年にはSF映画の金字塔「ブレードランナー」の続編「ブレードランナー 2049」の監督も務めている。また、撮影監督のロジャー・ディーキンスはコーエン兄弟やサム・メンデス監督作品の常連で「ビューティフル・マインド」も撮影した人物。本作では陰鬱さと美しさを絶妙に表現した映像でアカデミー賞撮影賞にノミネートされた。出演はヒュー・ジャックマンとジェイク・ギレンホールのダブル主演。加えてポール・ダノ、メリッサ・レオなどの実力派俳優が脇を固めている。
 舞台はアメリカのペンシルべニア州。工務店を営むケラー(ヒュー・ジャックマン)は感謝祭のお祝いをする為に、妻のグレイスと息子のラルフ、6歳の娘アナの4人で近所のフランクリンの家に向かう。友人家族と楽しく過ごす感謝祭のパーティー中、アナがフランクリンの娘・ジョイと共に失踪する。ラルフが怪しいキャンピングカーを目撃していたので、ケラー達は警察に通報する。担当刑事のロキ(ジェイク・ギレンホール)はすぐにキャンピングカーの居所を突きとめ、現場に急行。逃げようとした青年アレックス(ポール・ダノ)を逮捕する。しかしアレックスは10歳程度の知能しかなく、まともな証言も得られない。キャンピングカーから証拠も出ないので2日後には釈放されてしまう。納得できないケラーは警察署から出てくるアレックスを捕まえ、娘達をどこへやったのか激しく問い詰める。すると、アレックスは小さな声で「僕といる時は泣かなかった」と呟く。しかし、その言葉を聞いたのはケラーだけだったため、
逮捕に至る証言にはならなかった。アレックスは何か知っているに違いない、そう確信したケラーが釈放されたアレックスを監視していると、感謝祭の日に子どもたちが歌っていたバットマンの替え歌をアレックスが口ずさんでいるのが聞こえてくる。事態が一刻を争う中、一向に進展しない捜査に焦りと不信感を募らせたケラーは、とうとうアレックスを監禁し拷問を始める。犯人は本当にアレックスなのか?娘たちは無事救出されるのか?そして、最愛の娘を取り戻すために一線を越えてしまったケラーの運命は…。
 一刻も早く我が子を救い出そうと暴走していく父・ケラーと、沈着冷静に捜査を進めていく刑事・ロキとの対照的な姿が緊張感たっぷりに描かれている。物語が進むほどに謎が謎を呼び、さらに何の繋がりもないような幼児失踪事件まで絡んで事件は二転三転していく。複雑に張られた伏線が回収されると共に点と点が繋がっていく展開に目が離せなくなる。真犯人のすぐ近くまで迫っているのに、その正体が見えそうで見えない、焦らせ方も絶妙だ。そして最後の最後で巻き起こる大どんでん返しもお見事。
 ヒュー・ジャックマンというと、どうしても〝ウルヴァリン〟のイメージが強いが、本作では誘拐された少女の父親という難しい役を鬼気迫る演技で見事に演じ切っている。対照的に、頭脳明晰で冷静沈着なロキ刑事役のジェイク・ギレンホールも魅力的なキャラクターを演じている。ロキ刑事の生い立ちや背景ははっきりとは語られないが、初登場のシーンから干支の話をしていたり、全身タトゥー、フリーメイソンの指輪など、クセのある人物だということが伝わってくる。地道な捜査を積み重ね職務を全うする敏腕刑事が一人の時に見せる静かな怒りの表現など本当に上手い。そして、ポール・ダノ!ポール・ダノは「リトル・ミス・サンシャイン」の長男役で注目され、変幻自在な演技力が評価されている若手演技派の一人である。本作では拷問で元の顔が分からないほどボコボコにされ、挙句の果てに狭い所に押し込められて熱湯責めに遭うという悲惨すぎる役にもかかわらず、叫び声だけでも〝ポール・ダノ〟。彼にしか出せない独特の存在感で強烈な印象を残している。
 また、本作には宗教的なメタファーが数多く登場する。ケラーが敬虔なキリスト教徒であり、冒頭から〝主の祈り〟を捧げていること。それに対してジェイク・ギレンホール演じる刑事が北欧神話の神である〝ロキ〟という名前であること。このロキという名前には「終わらせる者」という意味があるとか。信仰深いケラーがどんどん暴走する一方で、あくまでも理性的に捜査を進めるロキ刑事。この異教徒=ロキ刑事が運命の鍵を握っているという構図は面白い。そして「プリズナーズ(=囚われた人)」という題名も、結末を知るとかなり深いタイトルであることが分かる。
 アメリカでは1年間に約80万人の子どもが行方不明になっているという。そう考えると、この作品のような誘拐事件も決して他人事ではない。そして、もし自分がケラーと同じ立場になったらどうするか、という事を否応なく考えさせられる。我が子を救う可能性が1パーセントでもあるなら、どんな手段を使ってでも、たとえそれが法に触れるものであっても全てを犠牲にして行動する親の心情は痛すぎるほど分かる。ただ、あの拷問は…何もそこまでボコボコにしなくても、もっと他に自白させる方法はあるだろう。やみくもに暴力を振るうのではなく、もっと巧妙なやり方がいくらでもあるのに、と思ってしまう。ケラー役を演じたヒュー・ジャックマン自身、実際に子どもを持つ父親として「演じていて辛かった」と語ったそうだが、本作では信仰深く善人であるケラーが涙を流しながら拷問を続けることで、彼の罪深さと覚悟の重さを観客に知らしめているのだろう。全体的に暗く静かな演出と、息が詰まるようなスリル。ヘビーな内容でありながら、素晴らしいキャストと見応えのあるストーリで153分という長さを感じさせない骨太のサスペンスである。

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