映画:忘れられない一瞬がある

「レスラー」
The Wrestler



武骨で孤独な男の生き様




 監督は「π」「レクイエム・フォー・ドリーム」「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー。スタジオ側は当初、客を呼べるニコラス・ケイジを主役に撮影を開始。しかし、監督は是が非でもミッキー・ロークを起用したいと言い張り、予算を削られてでも押し通したという。また、ミッキー・ロークの古い友人であるニコラス・ケイジも、彼に役者としてのチャンスを与えるために企画を降りた。その結果、本作は低予算での制作を余儀なくされたが、このチャンスを無駄にしなかったミッキー・ロークは彼の役者人生最高の演技で完全復帰を遂げた。そして、「レスラー」はヴェネツィア映画祭で金獅子賞を獲得、主演のミッキー・ロークがゴールデングローブ主演男優賞を受賞した。他にもトロント映画批評家協会賞、ボストン映画批評家協会賞、英国アカデミー賞、ロンドン映画批評家協会賞、インディペンデント・スピリッツ賞など全世界の映画賞で54冠に輝くという快挙を達成した。
 80年代にラスベガスのスタジアムを何万人もの熱狂的なファンで満員にし、一世を風靡したプロレスラー、ランディ・〝 ザ・ラム〟 (ミッキー・ローク)。しかし、年老いた現在は人気も落ち、家族に見放され、侘しいトレーラーハウス住まい。スーパーでバイトをしながらドサ回りの興行に出場し、細々と暮らしている。そんなある日、長年使用していたステロイドの影響から心臓発作で倒れてしまう。医師に「もう1度リングに上がったら死ぬ」と宣告されたランディは、一度はプロレスを諦め、スーパーマーケットの惣菜売り場で働き始める。疎遠だった娘との関係やストリッパーのキャシディとの恋といった、プロレスでは手に入らなかった幸せを手に入れようとするランディだが、努力も虚しく娘に拒絶され、キャシディともすれ違ってしまう。絶望した彼が気づいた自分の居場所とは…
 ランディの人生は、そのままミッキー・ロークの人生にオーバーラップする。主人公の後ろ姿を淡々とハンドカメラに収めたリアルな演出は、まるでミッキー・ロークのドキュメンタリー番組を見ているようだ。80年代に「ナインハーフ」などの作品でセクシー系俳優として人気を誇ったものの、その後人気が凋落。一時はボクサーに転進したが、タイソン戦前座での〝 猫パンチ〟以降ほとんど忘れられた存在となっていたミッキー・ローク。ボクサー時代の後遺症による整形手術の繰り返し、その手術の失敗で当時の面影は失われてしまった。しかし、バカで無責任な生き方をしていた昔の自分には戻りたくないと彼はインタビューで言っている。
 この作品は、プロレス業界の裏側を実にあっけらかんと描いているのも特徴だ。対戦相手と「ここで蹴りを入れて…」などと段取りを打ち合わせたり、ホームセンターで凶器の買出しをするレスラー達。しかし、そんなコミカルなやり取りの中にも彼らレスラー達が背負っている悲哀が滲み出している。ちなみに、予算が削られプロレス会場のセットさえ組めなくなったアロノフスキー監督は、本物のプロレス団体ROHの協力を得ることに成功した。プロレスシーンに登場するレスラーや控え室の選手達は、本当にその日試合をやっていた選手達なのだ。
 ランディはレスラーとしては超一流だが、一般社会には馴染めない不器用な人間だ。不器用であるが故に周りの人間を傷つけ、自らも傷つく。やり直そうとした親子関係も壊してしまう。そして他のレスラー達も同様に不器用で孤独だ。再びリングに上がる決意をしたランディの「俺にとって痛いのは、外の世界なんだ」という台詞は胸に刺さる。ランディがリングに上がる理由。それは彼が自分自身でいることができる場所だから。そして、ランディ・〝 ザ・ラム〟を待つファンの声援が彼の全てなのだ。
 ラストの試合中、何度も心臓発作を起こしかけるランディ。対戦相手もランディの様子がおかしいことに気づき、自ら技をかけられたように演じたり、「負けてやるから早く倒れろ!」と小声で指示したりする。それを無視して最後まで自分らしく戦うことを選ぶランディ。器用に生きることなど出来ない孤独な男の生き様。それは利口な人間から見れば自業自得なのかもしれない。それでもランディが最後のリングに上がる後ろ姿に胸が熱くなるのは、彼がどこまでも自分らしく生きることを選んだからだ。それがどんなに馬鹿な生き方であっても。エンディングで流れるブルース・スプリングスティーンによる主題歌「The Wrestler」で一気に涙腺が崩壊すること必至。ブルース・スプリングスティーンは、ミッキー・ローク自身から楽曲を依頼する手紙を受け取り、旧友のために無償で主題歌を提供したという。
 ミッキー・ローク自身、決して器用に生きてきたとは言えない。どん底を味わい、ゴシップに晒され嘲笑されて、それでも復活してきたミッキー・ローク。どんなに容姿が変わっても、彼には目を離せない不思議な引力がある。ヴェネツィアで下品な受賞スピーチをしてひんしゅくを買ったというニュースや、お行儀の悪そうな昨今の姿を目にすると「相変わらずだなぁ」と嬉しくなってしまうのは私だけでなないはずだ。これから先、彼が役者としてどんな活躍をしてくれるのか楽しみである。

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