映画:忘れられない一瞬がある

「ロブスター」
THE LOBSTER



奇抜でブラックな世界観




  ギリシャの奇才ヨルゴス・ランティモス監督の最新作。ランティモス監督は2009年、第62回カンヌ国際映画祭で「籠の中の乙女」がある視点部門のグランプリを受賞し、世界的に注目を集めた。ランティモス監督は、誰もが当たり前だと思っている世界は本当に当たり前なのか?という問いをシニカルに表現する作風が特徴。日本ではまだあまり知られていないが、世界的に高い評価を受けている。  本作はとんでもなく奇想天外な物語だ。独身者は身柄を確保され矯正施設に送られる。そこで45日以内にパートナーを見つけられなかったら、動物に変えられ(どんな動物になるかは選択できる)森に放たれるのだ。この奇抜な物語は多くのハリウッドスターを魅了し、レイチェル・ワイズは自ら出演を希望したという。他にもコリン・ファレル、レア・セドゥ、ベン・ウィショーなど超豪華キャストが出演している。コリン・ファレルは本作の役作りのために8週間で約18キロ増量したとか。  〝一定の年齢以上で役所に届け出たパートナーがいない人間は矯正施設送り〟という制度が普通にまかり通っている架空の世界。妻に別れを告げられたデヴィッド(コリン・ファレル)は、施設に送られる。彼が連れている犬は、パートナーを見つけることができなくて犬に変えられてしまった兄だ。何の動物になりたいか所長に聞かれたデヴィッドはロブスターと答える。その理由は「長生きできるから」。施設内には、食堂、プール、ジャグジー バス、ダンスホール、集会場などがあり、食堂でパートナーを物色してダンスに誘い、相性が合えばカップル成立というシステム。45日以内にパートナーを見つけられそうにない場合は、滞在日数を延ばすために森に逃げ込んだ独身者を狩らなければならない。この施設で、足の悪い男(ベン・ウィショー)と滑舌の悪い男(ジョン・C・ライリー)と、情報交換しながらパートナー探しに励むデヴィッド。(デヴィッド以外の名前は出てこない)足の悪い男は鼻血の出やすい女(ジェシカ・バーデン)とパートナーになるため鼻血が出ないのに出ると偽っていた。デヴィッドもカップルになる手段は共通点だと考え、心のない女にターゲットを決める。冷徹なふりをして彼女に近づきカップルを成立させた。しかし、彼女から兄を殺したと聞かされ激怒したデヴィッドは、メイドと共に心のない女を麻酔銃で眠らせ、誰もが望まない動物に変えてしまう。その後、森へ逃げ込んだデヴィッドは独身者たちの女リーダー(レア・セドゥ)に助けられる。しかし、この森では一生独身でいられるが、異性と話をしたりダンスをすることは出来ないという掟があった。掟を破った者には残酷な罰が課せられる。デヴィッドはこの森で近視の女(レイチェル・ワイズ)と出会い、恋に落ちてしまう。2人にしか分からないサインを作って会話をするデヴィッドだが、リーダーの家に男女4人で同僚として里帰りした時に2人は必要以上にキスを交わしてしまい、恋人同士ではないかと疑われはじめ…。  物語の中で登場人物たちは何かの共通点をパートナー探しの条件にしている。それは鼻血だったり、近視だったり、冷えきった心だったりするわけだが、そんなつまらない共通点がなければ繋がれない関係を真実の愛だと思い込んでいる彼らが滑稽で、なんとも言えない気分にさせられる。現実でも交友関係や恋愛関係において共通点がきっかけになることは多い。この共通点は性格や価値観に置き換えることも出来る。しかし、無理をして相手に合わせても長続きせず破綻してしまう、という結末も往々にして起こる。登場人物たちの滑稽さは、そんな現実を極端に映した鏡であるとも言えるだろう。もしかすると、私たちが愛だと思い込んでいるものも、社会が作り上げパターン化されたシステムなのではないか。目に見えない愛は存在も不在も証明できない。そもそも愛と呼べる要因とは一体何なのか。愛とは何なのか…。  また、森のグループには施設と真逆の極端なルールがあり、やはり狂気的だ。自由を求めて脱走した森にも自由は一切ない。ルールでガチガチに固められた社会に疑問を感じず、その社会の中で自由を主張する。この狂った感覚がまかり通っている社会、それが「ロブスター」なのだ。ブラックコメディとシュールで狂気的な世界が融合したような、独特の世界だが、随所に笑えるシーンもあり、ランティモス監督のセンスを感じさせる。さりげなく元人間と思われる豚やフラミンゴやポニーが森を歩き回っているのもシュール。45日以内にパートナーが見つけられないと動物に変えられてしまうという設定は、魔法や術でも使うのかと思ったら外科手術だというのも驚き。解剖によって臓器を摘出されるという異様に生々しい設定なのである。監督自身が「これはディストピアではなく現代の話だ」と言っているように、本作は現実を痛烈に皮肉った現代社会の姿であるとも取れる。今まで何の疑いも持っていなかった世界を根底から覆されるような居心地の悪さ。ランティモス監督らしいブラックな世界は、最後の最後までいかようにも解釈可能な終わり方で観客を突き放す。割とグロい表現も多く、見終わった後はモヤモヤするが、時間差で面白くなる不思議な味わいがある。この作品をどう感じるかによって自分自身の恋愛観・結婚観が晒されてしまうようなダークコメディだ。
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