映画:忘れられない一瞬がある

「ルビー・スパークス」
Ruby Sparks


理想通りの恋人が目の前に現れたら?




 監督は「リトル・ミス・サンシャイン」のジョナサン・デイトンとヴァレリー・ファリスのコンビ。脚本は「欲望という名の電車」「波止場」「エデンの東」などで知られる巨匠エリア・カザンの孫娘、ゾーイ・カザン。ゾーイはヒロインのルビーも演じている。そして主人公、カルヴィンを演じているのは「リトル・ミス・サンシャイン」で筆談でしか会話しない長男役を演じたポール・ダノ。ゾーイとポール・ダノは実生活でも恋人同士だそうだ。
 カルヴィン(ポール・ダノ)は、19歳で天才作家として華々しくデビューしながら、その後10 年間ベストセラーを出せずに自信を失っていた。カルヴィンは周囲に心を閉ざし、恋人はおろか友人さえいない。そんなある日、セラピーの一環で大好きな人のことをレポートに書くよう指示され、夢で見た素敵な女の子、ルビーを主人公に小説を書き始める。
 ところがある朝、彼が目を覚ますとキッチンにルビー(ゾーイ・カザン)が立っている。最初はパニックに陥ったカルヴィンだったが、ルビーが現実の存在であることを知って大喜び。それからルビーと過ごす楽しい日々が始まる。しかも、カルヴィンが書いた通りにルビーのキャラクターを調整できることも判明する。つまり、タイプライターを使って理想通りの完璧な恋人を作り出すことができるのだ。
 カルヴィンは、今のままのルビーでいてほしいと願ってタイプライターを封印する。しかし、自分とは対照的に社交的で誰とでも仲良くなれるルビーはどんどん自由な意思を持ち、カルヴィンから離れていく。再び「書く」ことで彼女を引きとめようとするカルヴィンだったが…。  まるでライトノベルか少女漫画のような設定でありながら、個々の要素に説得力を持たせるよう丁寧に作られているので、抵抗なくこの世界観に入り込むことが出来る。妄想で生み出される女の子の設定も、美少女タイプではなく、波乱万丈な恋愛経験を持つ個性的でキュートな女の子というのが良い。
 初めて出会った頃、カルヴィンはルビーの存在を尊重しようと思っていた。しかし、ルビーが自分以外に興味を持ち、外出しがちになると嫉妬してしまう。封印していたタイプライターを使って〝ルビーはカルヴィンなしでは生きて行けない〟と打つと、ルビーは飛んで帰って来て、トイレの間も手を離そうとしない。恋愛が進行するにつれてトラブルが発生し、その度にカルヴィンはルビーに手直しを加える。しかし、自分の思い通りに調整しようとすればするほど、ルビーは遠い存在になっていく。
 恋愛対象が自分の理想通りでないと気づき、失望することは現実の恋愛でもあるだろう。そんな時、もし相手が100%自分の思い通りになったら満足できるのだろうか?そんな疑問に、この作品はひとつの答えを出している。不安や嫉妬、怒りといった負の感情から抜け出すためには、相手だけを変えるのではなく、自分も変わらなくてはいけないのだ。どんなに素敵で理想的な恋人がいたとしても、その全てが自分の理想にピッタリはまるはずがないのだ、と。
 カルヴィンは「ありのままの君がいい」と言いながら、自分の意志に反する部分を認めることができなかった。お互いに独立した人格であれば、葛藤や衝突が生まれるのは当然で、それを克服する過程で2人も成長していく。しかし、自分の理想通りでないと我慢できないカルヴィンが、一方的にルビーの性格を修正し続ける限り、2人が本当の恋人同士になることはないのだ。理想を求めてドツボにはまっていくカルヴィンが最後に下した大きな決断…。狂気と悲しさが混じり合ったクライマックスは秀逸だ。そして、大切なものを失い、人間として成長したカルヴィンが新しく手に入れた未来。物語の続きをいろいろ想像できるラストも素敵だ。
 ゾーイ・カザンとポール・ダノ、ジョナサン・デイトンとヴァレリー・ファリスという2組のカップルが制作陣というだけあって、恋人たちの描き方は非常にリアル。カラフルでポップなファッションやインテリアも見所のひとつだ。また、カルヴィンの母親役がアネット・ベニング、その恋人がアントニオ・バンデラスと脇役もさりげなく豪華。個人的にはカルヴィンとルビーがデートで観ていた映画が「ブレインデッド」というのも嬉しかった。「ブレインデッド」を一緒に見てくれる恋人なんて羨ましい!
 ちょっぴり皮肉を込めて語られるリアル&シビアなストーリーは、恋愛だけでなく、パートナーシップやコミュニケーションについても考えさせられる。誰かと出逢っても、すべてが予定調和では面白くない。泣いたり、笑ったり、後悔したり、喜んだり。だからこそ人生は楽しく、人は成長できるのだ。「ルビー・スパークス」は、そんなことを考えさせてくれる、少し風変わりな恋愛映画である。

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