映画:忘れられない一瞬がある

「スケアクロウ」
SCARECROW


愛すべきダメ男たちの物語





 南カリフォルニア。荒野の一本道。
 暴行傷害で6年の懲役を経て刑務所を出所したマックス(ジーン・ハックマン)と、5年振りに船乗り生活から足を洗ったライオン(アル・パチーノ)。ルックスも信条も性格も正反対の2人が、荒野の一本道でヒッチハイクをしようとして出会う。
 2人は長い時間道路を挟んで相対する。やがて、煙草の火を切らしたマックスに火を貸そうとライオンが近づく。それはライオンの持っている最後のマッチだった。2人の男は強風で火が消えないように無言で体を寄せ合う。やがて、2人の間に紫煙がそっと流れ出る。その時、目に見えない2人の運命が重なり合った。これを機に意気投合した2人は一緒に旅することになる。
 人との関わりを拒み、喧嘩っ早いマックス。いつもニコニコしていて優しく人懐っこいライオン。正反対のように見える2人だが、マックスもライオンも不器用で傷つきやすい繊細さを持っている。  マックスはピッツバーグで洗車店を営むのが夢だ。彼は、ピッツバーグへ向かう途中、デンバーに立ち寄って、たったひとりの肉親である妹の家を訪ねるつもりだった。
 ライオンは、デトロイトに置き去りにしたままの妻・アニーに会いに行くところだった。今年5歳になる子供がいるはずだが、男か女さえも知らなかった。そこで、彼らは事業を始める前に、まずマックスの妹に会いに行き、その後ライオンの息子に会いに行くことにする。
 マックスの妹・コリーを訪ね、そこでも紆余曲折を経た後、やっと到着したデトロイト。しかし、ライオンに捨てられた妻・アニーの言葉は、残酷なものだった。子供は流産し、洗礼を受けられなかった。だからその子は永遠に天国へ行けないだろう。そして、自分は間もなく再婚すると大声でまくしたてた。それがアニーの悲しい嘘である事をライオンは知る由もない。電話を切ると、ショックを隠して明るくふるまうライオン。通りすがりの子供たちを集めていつも以上に道化師ぶりを発揮した彼は、その後に唐突に壊れてしまう。病院に収容されたライオンは、当分の間精神療法が必要だと診断された。そしてその時、マックスの心は決まった。洗車店を始めるための貯金をライオンの治療に使おうと。決してライオンの傍を離れないと。
 この作品には、明確な結末が描かれていない。予想外なところでプツン、と終わる。これは、この作品を観た人が(この2人はこの後きっとこうなるだろうな)と思い描けるぐらい、2人の絆が作中で細やかに描かれているからだろう。
 2人の友情が培われていく過程が丁寧に描かれていることで、ラストのジーン・ハックマンが空港のチケット・カウンターで靴の踵に大切に隠し持っていた10ドル札をナイフでほじくり出す場面が生きてくる。お金を払い終えたあと、靴底でカウンターを叩く。その時のハックマンの、やり場のない憤りと焦燥、でも絶対にライオンを助けてやるんだと固く決意しているような表情が印象的だ。そんな彼を呆れたように見つめるカウンターの女性。そして、叩き続ける靴底にかぶさるように流れ出すエンドクレジット…忘れられないシーンだ。
 映画のタイトルになっている『スケアクロウ』とは、かかしのこと。転じて やせっぽち みすぼらしい人 という意味もあるらしい。「かかしはカラスを怖がらせるんだ」と言うマックスに対して、「いや、カラスはかかしを恐れているのではなく笑っているんだ。あんなに面白い顔をしている奴はいい奴に違いないから、邪魔しないでおいてやろうってね」と返すライオン。2人の人生観が分かる会話である。
 ライオンは優しいが、他人によって傷つけられ、他人を傷つけることを恐れている弱い人間なのだ。映画の終盤、喧嘩を吹っかけられたマックスが即興でストリップを始め、その場を笑いで収めるシーンがある。それまでは、面倒なことが起こるとすぐに暴力で解決していた男が、ライオンの スケアクロウ的 な生き方に感化されたことがわかるシーンである。しかし、このシーンでライオンは複雑な表情を見せる。ライオンのひょうきんさは、あくまでも哀しい処世術であり、自分を守るための手段であった。マックスは、誰も信用せず常に闘ってきた。ライオンは、そんなマックスの強さに憧れていたのだ。  ライオンと同じように道化として振舞っているマックスは、まぎれもなく自分自身の姿である。かかしはかかしの姿を見ても笑えないのだ。このシーンで、ライオンの切ない感情を表現しているアル・パチーノの表情は見事としか言いようがない。
 不器用にしか世の中を渡れないライオンとマックス。しかし、そんな対照的な2人が一緒にいる限り、多くの困難を乗り越えていけるはず … そう信じたい。ラストに込められた幸福への願いがいつまでも心に余韻を残す名作である。

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