映画:忘れられない一瞬がある

「シベールの日曜日」
Cybele ou les Dimanches de Ville d'Avray


美しさと、静けさと、哀しさに満ちた名作





 本作が長編劇映画第1作目となるセルジュ・ブールギニョン監督は、学生時代にジャン=ピエール・メルヴィルに映画作りを教わり、20歳にして「恐るべき子供たち」の助監督を務めた人物である。また、撮影監督のアンリ・ドカはルイ・マル、フランソワ・トリュフォー、ジャン・リュック・ゴダールなど、ヌーベルヴァーグを代表する監督たちと組んできた名カメラマン。「恐るべき子供たち」「大人は判ってくれない」「死刑台のエレベーター」「太陽がいっぱい」など数々の名作を撮影している。「恐るべき子供たち」で撮影監督を務めた縁でドカが起用されたのだろう。音楽は「アラビアのロレンス」のモーリス・ジャールが担当。本作はヴェネツィア国際映画祭の特別賞を受賞したほか、アカデミー賞外国語映画賞も受賞している。原作は、フランスの作家ベルナール・エシャスリオーの小説「ヴィル・ダヴレーの日曜日」。ヴィル・ダヴレーとはパリ近郊の地名で、この作品の舞台となった湖もそのまま残っており、現在はコローの池と呼ばれているらしい。ちなみに、監督のセルジュ・ブールギニョンは白馬に乗った男性役で、共同脚本のアントワーヌ・チュダルは画家役で出演している。
 物語はフランスがホー・チ・ミン率いるベトナム独立勢力との戦いに敗れてインドシナから撤退した1954年が舞台。主人公、31歳のピエール(ハーディ・クリューガー)は、インドシナ戦争で空軍のパイロットだったが、機銃掃射でベトナムの少女を誤って殺してしまい、そのショックで記憶喪失となる。入院した病院で知り合った看護婦マドレーヌ(ニコール・クールセル)と同居していたが、自分が誰なのか分からず、過去を取り戻せないことに苦しみ沈鬱な日々を過ごしていた。ある夜ピエールは、父親によって無理やり寄宿学校に入れられる少女フランソワーズ(パトリシア・ゴッジ)と出会う。その後、気になって学校を訪れたピエールは、父親だと偽ってフランソワーズと面会する。父に捨てられたフランソワーズは、ピエールとの再会を喜び、これからも面会に来てほしいと懇願する。ピエールは日曜日には会いに来ると約束し、湖のほとりで2人だけの時間を楽しむようになる。12歳の無邪気で可憐なフランソワーズとの関係の中で、ピエールは生き生きとした感情を取り戻していく。ある時フランソワーズは、“フランソワーズ”というのは本名ではないとピエールに打ち明ける。そして彼女の本当の名前は、街の高い屋根にある風見鶏を取って来てくれたら教えてあげると無邪気に言うのだった。しかし、クリスマスの夜、フランソワーズの本当の名前が“シベール”であることを知ったピエールに悲劇が訪れる…。
 本作はかつてロリコン映画の古典という扱いをされていた事もあるが、そんなレベルの作品でないことは一見して明らかだ。戦争で人を殺し記憶喪失になった男と、親に捨てられた少女。心に深い傷を負った2人が日曜日ごとに公園で会う日々は、まるで恋人同士のようでも、親子のようでも、また無垢な子供のようでもある。しかし、束の間であると分かっているからこそ精一杯はしゃぐ2人の姿には、決して消えない切なさが常に漂っている。純粋に惹かれ合い、求め合う2人を引き裂いたのは、純粋さを忘れてしまった人々の偏見だ。マドレーヌら数人は、本当に2人のことを心配しているが、その心配も常識という枠を出ることはなく、2人が本当に望むものが分からない。ピエールが結婚式の食事会でシャンパングラスの底から全員を見渡すシーンがあるのだが、ピエールから見た“常識的な”世界も同じように歪んで見えているのだろう。純粋という言葉の響きは美しいが、本当に純粋な行為は糾弾されるのだ。
 もうひとつ、特筆すべきは作品全体を覆う宗教的なモチーフ。作中では常にキリスト教的なものと異教的なものが対照的に映し出されている。 例えば、シベールは学校で「本名が非キリスト教的だから」という理由でフランソワーズという別の名前を与えられている。彼女の本当の名前は映画の後半にならないと明かされないが、シベールという名前は古代ギリシャの自然を司る女神を意味している。ピエールとシベールの関係も、孤独な者同士が惹かれあっただけではない。冒頭でピエールはかつて戦闘機に乗り、少女を殺したことが暗示される。その直後ピエールは墜落して記憶喪失になるが、このいきさつは物語の進行とともに明かされていく。また、2人の遊びにも死を連想させるシーンが多く、こうしたイメージの重ね合わせが2人の関係を危げなものにしている。
 また、アンリ・ドカの圧倒的に美しいカメラワークも必見の素晴らしさ。セルジュ・ブールギニョン監督が日本の墨絵を意識したと語っているように(長谷川等泊の水墨画にインスパイアされたらしい)モノクロームの景色、水面の反射や、波紋に映った映像の美しさはため息が出るほど素晴らしい。その他にも、木立、田舎町の風景、ガラス玉、曇りガラス、鏡を通した表現など、どれも印象深い。映像センスの素晴らしさにおいては今なお最高レベルだと言えるだろう。シベール役を演じたパトリシア・ゴッジの可愛いけれど何処か大人びたような雰囲気、ピュアで可憐なのに、時として成熟した女性と変わらぬ表情を見せる演技力にも驚かされる。パトリシア・ゴッジは他に「かもめの城」「立ち廻り」に出演したのみでスクリーンから姿を消してしまったため 幻の美少女 と呼ばれているそうである。
 今でも好きなフランス映画には必ず挙げられると言われている「シベールの日曜日」は、時代を代表する映画の代表格だろう。いつまでも色褪せない切なく透き通った名作である。

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