映画:忘れられない一瞬がある

「シリアナ」
Syriana



石油をめぐる世界規模の陰謀と闇




 脚本・監督はスティーヴン・ギャガン、製作総指揮にジョージ・クルーニー、スティーブン・ソダーバーグ、ベン・コスグローブ、ジェフ・スコールという「トラフィック」の製作チームが名を連ねている本作、原案は元CIA工作員ロバート・ベアが書いた『CIAは何をしていた?』というノンフィクション作品である。(原作はCIA当局の検閲により、伏字やスミ塗りが入ったまま出版された。)本作はフィクションだが、脚本・監督のスティーヴン・ギャガンはリサーチのため実際に世界各国の石油関係者やテロリストなどにインタビューを行い、脚本のヒントを得たそうだ。タイトルの「シリアナ」とは、イラン、イラク、シリアをひとまとめにした中東再建のための仮想国家の名前で、ワシントンのシンクタンクで実際に使われているコードである。
 この作品は、何人かの主要な人物についてのストーリーが語られ、最後に全てが急速に収束していく構成になっている。複雑な筋書きなので、難解だという評価も多い。しかし、わからない=つまらないと切り捨ててしまうのはもったいない作品だ。それぞれのストーリーが別々に語られているから分かりづらく感じるだけで、1つ1つの筋書きはそれほど複雑ではない。ただ、事前に少し予備知識があった方が分かりやすいだろう。物語は主に5つのストーリーが同時進行で進んでいく。  ・息子の大学進学を契機に諜報員を引退し、残された日々をデスクワークに専念しようと決心したCIAのベテラン諜報員ボブ(ジョージ・クルーニー)に、最後の極秘指令が下される。最後の任務は、テヘランの武器商人とスティンガー・ミサイルを手にした謎のエジプト人の暗殺だった。武器商人は始末したが、エジプト人は取り逃がしてしまう。ワシントンに戻ったボブは、昇進と引き換えに極秘指令を受ける。しかし、彼は任務に失敗し、拷問を受けて本国に送り返される。アメリカに戻ったボブは、CIAに裏切られたことを知る。自分の仕事がアメリカにとって邪魔なナシール王子を暗殺するための下準備だと気づいたボブは、ナシール王子を救うために再び現地入りし、王子に暗殺の事実を告げるため必死に近付こうとするが…。
 ・ある中東国家の第一王子ナシールは、ヨーロッパに留学経験があるカリスマ的存在。彼はアメリカの利権から距離を置きつつ、自国の正しい民主化を進めていこうとしていた。しかし、石油会社はアメリカに従順な第二王子を後押しして王位につける。このままでは自分の国がアメリカの食い物にされてしまう、そう考えたナシール王子は革命も辞さない強硬姿勢を取る。
 ・ブライアン(マット・デイモン)はエネルギー商社のエリートアナリストだった。しかし、ナシール王子が開いたパーティーで起こった事故によって息子を亡くしてしまう。その事をきっかけに、ナシール王子のアドバイザーとしての地位を得る。
 ・ワシントンの大手事務所で働く弁護士ベネット(ジェフリー・ライト)の仕事は、アメリカの巨大石油企業コネックス社とテキサスの小さな石油企業キリーン社の合併が、コネックス社に有利に運ぶようキリーン社の不正を暴き出すこと。コネックス社はナシール王子が石油採掘権を中国に渡したために、ナシール王子の国で事業が出来なくなり、キリーン社との合併を余儀なくされていた。一方、ベネットの上司であるホワイティングは、ナシール王子を失脚させ、言いなりになる弟を王位につけようと謀略をめぐらしていた。  ・ワシーム(マズハール・ムニール)は、パキスタンからの出稼ぎ青年。彼は父親と一緒にナシール王子の国の石油施設で働いていたが、コネックス社が採掘権を失ったことから失業する。お金をため、母国で待つ母と3人で暮らすという夢が破れた失意の彼に手を差し伸べたのは、親切そうなイスラム原理教集団。ワシームはイスラム神学校に入り浸り、自爆テロを賛美する思想を教え込まれて行く。ワシームが組織から見せられたのは、テヘランで消えたミサイルだった…。さまざまな陰謀が渦巻く中、アメリカ本国では合併が承認されたコネックス・キリーン社の設立セレモニーが開かれる。新設された精製所からタンクに石油が注入されていた、その同じ頃、ワシームはミサイルを積んだ漁船を石油タンカーに激突させ、自爆テロを完遂する。
 まず驚いたのは、アメリカの作品でありながら、一人の青年が自爆テロに走るまでの様子を非常に同情的・肯定的に描いている事だ。ナシール王子がアメリカを指して「世界人口の5%に満たない国が世界の軍事資産の50%を保持している」と言ったセリフも非常に印象に残った。民族・宗教・国家利権などが複雑に絡み合った中東情勢や、アメリカのご都合主義の正義感、アメリカに石油の恩恵を与えなくなった途端、〝テロ国家〟の烙印を押されてしまうという現実が良く分かる。この作品が公開された2005年はイラク戦争の真っ最中だったはずだが、その時期にこういう作品が公開されたという事実に、アメリカ映画界もまだまだ捨てたもんじゃないな、という妙な安心感も覚える。物語の中で複雑に交錯した伏線は、ラストでそれぞれの結末を迎える。みんなを救うスーパーヒーローも登場しないし、スッキリとした解決もない。それは、この作品が本当にリアルな世界を描いているからなのだろう。
 この作品でアカデミー賞助演男優賞を獲得したジョージ・クルーニーは「この映画で疑問を投げかけるのは僕らの権利であり、義務だ」とインタビューで答えている。その言葉通り、あまりにも多くの問題を含み、考えさせられる事の多い作品だった。商業的な娯楽性を排除し、真正面から世界中の人間に「もっと真剣に考えろ」と喝を入れるような本作。それだけ訴える力を持っている、大人必見の傑作である。

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