映画:忘れられない一瞬がある

「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」
The Surprise



チャーミングでちょっぴりブラックなコメディ映画




 監督は、長編デビュー作「キャラクター/孤独な人の肖像」で、1998年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したマイク・ファン・ディム。受賞後ハリウッドからのオファーが殺到したそうだが、監督は全て拒否。その理由が「ハリウッドはせっかく(オスカー受賞によって)ミシュラン3つ星をくれたのに、俺にこの国でハンバーガーを焼けという」。ハリウッドは誓約や規制が多いので、そんな環境では自分の望む映画作りは出来ないと判断したのだろうか。その後、オランダでCM演出だけを引き受けてきたファン・ディム監督が18年ぶりに発表したのが、長編第2作目の「素敵なサプライズブリュッセルの奇妙な代理店」だ。前作は親子の確執を描いたシリアスな作品だったが、本作は一転してチャーミングな、それでいてブラックな要素もある不思議なコメディに仕上がっている。
 主人公は広大な屋敷に暮らすオランダ貴族の末裔ヤーコブ(イェロン・ファン・コーニンスブルッヘ)。たった一人の肉親である母親が息を引き取るシーンから物語は始まる。幼い頃のある出来事が原因で、あらゆる感情をなくしてしまったヤーコブは、母親が死んでも何も感じることが出来ない。母の葬儀後、ヤーコブは自殺するつもりで屋敷を売却し、全財産を寄付する段取りをつける。しかし、あちこちに使用人がいる屋敷ではなかなか死ねない。ある日、ヤーコブは偶然〝最終目的地への特別な旅〟をアレンジする奇妙な代理店の存在を知る。その代理店は表向きは葬儀屋だが、実は自殺の手助けを行う非合法の会社だった。ヤーコブはこの代理店で死ぬ場所・日時・方法を全てお任せの〝サプライズコース〟を契約する。契約終了後、葬儀用の棺を選んでいると、同じく顧客の美しい女性アンネ(ジョルジナ・フェルバーン)と出会って短い会話を交わす。この代理店では客同士が交流することを禁じていたが、2人は時々会うようになり、ヤーコブは次第に「死にたくない」と思い始める。もう少しアンネと過ごしたくなったヤーコブは代理店へ行き、ボスのジョーンズに「決行を延期してくれ」と話すが「一度申し込んだ事は変更できない」と突っぱねられる。ちょうどその時、ボスのパソコンに部下からヤーコブの素行調査報告が届く。アンネとデートしている写真を見たボスは「これは良くない」と、依頼されているサプライズをこの場で決行するよう部下に指示を出す。不穏な事態を感じ取ったヤーコブは、アンネが待っている車に飛び乗り、2人の逃避行が始まる。ヤーコブとアンネは契約を遂行しようと必死のジョーンズ・ファミリーから逃げ切れるのか?そして2人の恋の行方は…?
 死を決意した男が女性と出会って恋に落ち、生きる希望を取り戻す…というと、ありがちな話に聞こえるが、本作はそこに予測不可能な展開と独特のブラックユーモアが挟まれ、最後の最後まで先が読めない。ひねりの効いたラストも秀逸だ。アンネの秘密については、わりと序盤でヒントが出てくるのだが、ヤーコブへの気持ちと自分が抱える秘密の間で悩むアンネがどんな答えを出すのか、最後までハラハラさせられる。また、本作ではヨーロッパの富豪のゴージャスな暮らしにも要注目だ。広大な屋敷と豪奢なインテリア、美しい庭園、ヴィンテージカーの数々は一見の価値アリ。追跡劇やカーアクションも見ごたえ十分で、最後まで楽しんで鑑賞できる。そして、ヤーコブの屋敷で長年庭の手入れを行っている、老庭師で執事でもあるムラーの物語が胸に染みる。ムラーは屋敷の全雇い人がヤーコブによって解雇された後も、自分の意志で屋敷内に留まり、丹精込めてバラの手入れを行っていた。ヤーコブはムラーから生きる事の意味、そしてこの世から別れる時の作法を学ぶ。ヤーコブが感情を取り戻し、ムラーの愛情や素晴らしさに気づくシーンには泣かされてしまった。
 この作品はオランダ映画(舞台はベルギー)だが、オランダもベルギーも安楽死法が可決された国だから、こういう内容の映画が製作されるのだろう。オランダといえば同姓婚・安楽死・売春・大麻が合法であるということ、サッカーと格闘技が強い(あとは風車とチューリップと言うベタな風景)という程度の知識しかないが、実は「ブレードランナー」でレプリカントのリーダーを演じ一躍有名になったルトガー・ハウアーやヤン・デ・ボン監督、ポール・バーホーベン監督など、オランダ出身で活躍している役者や監督は意外と多い。
 本作はヒロイン役にスカーレット・ヨハンソンを起用し、ハリウッド映画として製作する話もあったという。しかし今回もファン・ディム監督は母国で、母国の俳優たちを起用する道を選んだ。ヤーコブを演じたのはイェロン・ファン・コーニンスブルッヘというマルチタレント。1973年生まれで、俳優、監督、司会、コメディアン、ヴォーカリストをこなす多才な人物だ。本作では最低12キロ減というファン・ディム監督の要請に、17キロの減量で応えたという。孤独だが子供のように屈託がないヤーコブをポーカーフェイスで見事に演じている。アンネ役は、やはりオランダ生まれのジョルジナ・フェルバーン。「人生はマラソンだ!」に出演しているキュートな女優さんだ。また、解約不可・成功率100%の代理店社長ジョーンズとその息子たちも、どこかとぼけた所があるキャラクターで、いい味を出している。
 この作品に登場する代理店は架空の殺人代行会社だが、無駄に寿命ばかり延びて人がなかなか死ねず高齢化が加速する今の時代、自分を殺して欲しいという人は私たちが想像するより多いのかもしれない。ただ、自分の死がいつ、どんな形で訪れるか分からない〝サプライズコース〟は、そもそも死の普遍的な在り方だ。そう考えると、今この瞬間の私たちも〝サプライズコース〟の顧客と同じ状況だと言える。社会風刺や問題提起も織り交ぜ、際どいテーマを扱っているが、鑑賞後は爽やかな気分になれる良作である。

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