「タクシードライバー」
(TAXI DRIVER)


知ったのは、ニューヨークの混沌と孤独と、
「真実」というものがいかに不確かなものであるかということ。


映画タクシードライバー
『タクシードライバー スペシャル・エディション(2枚組)』
資料提供/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント  価格/\4,179税込)



  映画「タクシードライバー」は、雨の夜、ニューヨークの裏町を走る1台のタクシーの登場シーンから始まります。車のヘッドライトやテールランプ、町のネオンサインが雨に滲む、キラキラと幻想的な景色の中、立ち上る水蒸気の向こうから、不穏なバックミュージックと共に黄色いタクシーが現れる。主人公トラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)が汚らわしいと怒りを募らせる、「売春婦、街娼、ヤクザ、ホモ、オカマ、麻薬売人」らと、灯と、それら全てを一緒くたにして、ぼんやりと輝かせる雨。それは、この劇中で語られるニューヨークの姿││おそらく、監督マーティン・スコセッシの中に、確固としてあるニューヨークの姿││を象徴しているのでしょう。混沌の街。

 マーティン・スコセッシは、イタリアから移民してきた両親のもとに、1942年11月17日、ニューヨーク市クイーンズ区にて生まれました。そして、映画「ゴッドファーザー」や彼自身の多くの作品に登場するイタリア系アメリカ人として、青春時代をニューヨークの下町で過ごすのです。ニューヨークにおける「イタリア系アメリカ人」とは、貧しく、夢のある未来の選択肢は、ギャングたちの仲間入りかボクシング、野球などプロスポーツへの道がほとんどなのだそうです。ニューヨーク大学の映画専攻クラスで彼が映画を学んだ1960年〜65年は、フランスで始まったヌーヴェルヴァーグの全盛期にもあたり、その他フェデリコ・フェリーニやミケランジェロ・アントニオーニなど前衛的なイタリア映画の監督たちが大活躍していた、活気溢れる時代です。1963年、学生時代に処女作となる作品「君みたいな素敵な娘がこんな所で何しているの?」を製作。1967年には、4年がかりでやっと完成させた初の長編映画「ドアをノックするのは誰?」を発表。1976年、「タクシードライバー」でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞しました。また、売春で生計を立てる少女アイリスを演じたジョディ・フォスターは「タクシードライバー」公開当時わずか13才で、第49回アカデミー助演女優賞にノミネートされています。
「タクシードライバー」は、ニューヨークの夜を走るひとりのタクシードライバーを主人公に、現代都市に潜む狂気と混乱をリアルに描き出した傑作です。ベトナム帰りの青年トラヴィス・ビックルは、不眠症。どうせ眠れないならと、タクシードライバーとして働くことにします。しかし、夜の街をタクシーで流しながら、腐敗しきった現代社会に対する怒りや虚しさ、世界の不浄への苛立ちを募らせていきます。ある日、町で見かけた美女ベッツィを好きになり、親しくなるのですが、彼女をポルノ映画館に誘ったことで絶交されてしまいます。不満、苛立ち、孤独感…。彼は、そんな毎日から抜け出す「きっかけ」を探していました。自分の存在を世間に知らしめるため大統領候補の暗殺を計画しますが、失敗。その後、ポン引きのスポーツ(ハーヴェイ・カイテル)に騙され売春婦として働かされていた少女アイリス(ジョディ・フォスター)と出会い、彼女を救い出そうとスポーツたちのアジトに完全装備で向かいます…。

 一方的な恋、政治的ポリシーなんて全く関係ない大統領候補暗殺計画、殺人、激しい銃撃戦。病的ともいえるそれらの行動は、しかし、意外なラストを導くのです。

 大統領候補暗殺を試みようとする以前に、トラヴィスは年配の先輩ドライバーに、自分の中にある漠然とした焦燥感や不安を打ち明けます。

 「俺は何かデカイ事をしたいんだ。」「(今、自分の置かれている状況を)変えたいんだ。」「必要なのは、きっかけなんだよ。」

 対して先輩ドライバーは、「俺たちには何も出来ない。」人には生まれながらにして決まっている、どうしようもない階級差が絶対的に存在するのだと答えます。だから、馬鹿げたことを考えるのは止めろ、と。そのやり取りを聞きながら私も、悲しいけれども大抵の場合それは真実だと思いました。トラヴィスの行動は、力づくの階級打破?

 流血の末のラストは…。正直、こうくるとは思っていなくて、驚きました。それは、「真実」とは常に正確に人々へ伝わるものだと、きっとどこかで私は思っていたからです。売春をさせられていた少女を、命懸けで救い出したトラヴィス。彼の中に、「きっかけ」以外の理由が果たしてあったのでしょうか。事件を知った人々が手放しで賞賛したような「正義」は、存在するのでしょうか。これが、スコセッシが生まれ育ったニューヨークのリアリティなのでしょうか。

 また、同時に感じたのは、このラストにあったような「真実」の曖昧さは、きっと世の中全ての事象に共通するだろうという不安です。誰かにとっての正義が一方で誰かの死であったり、誰かを擁護する一言が同時に誰かを傷つけていたり。この世の中には、いつも、ひとつの出来事の回りをいくつもの真実がクルクルと回っているように思います。

 そして、トラヴィスの行動はあまりに過激だったけれども、彼の孤独感や「何かを成さねばならない」という焦燥感は、私が彼と同じ20代だった頃に同じく抱いていたと思い出しました。これは映画で、ニューヨークという大都会での象徴的な物語として完結していますが、おそらく現代の同世代の中にも普遍的に存在する感情なのではないでしょうか?それを、「銃」という暴力で昇華することの許されない現実を生きる私達は、できれば銃に代わる「何か」を見つけたいものです。

 「タクシードライバー」の、あの怪しげで美しいオープニングに欠かせない、不穏な曲を作ったのは、バーナード・ハーマン。1911年6月29日、ユダヤ系ロシア人の子としてニューヨークに生まれました。名門ジュリアード音楽院では、特待生として作曲や指揮を学び、22歳でニューヨーク・フィルを前に指揮棒を振いました。その後、クラシック音楽だけではあきたらず、現代音楽に挑戦し、天才の名を欲しいままにします。1940年、映画界の異端児オーソン・ウェルズが自らの監督第一作「市民ケーン」の音楽をバーナードに依頼してきました。映画史に残る傑作「市民ケーン」は、世界中に驚きと賞賛を持って迎えられ、バーナードの音楽もまた、世界中に知れわたることになりました。さらに、1955年「ハリーの災難」で初めてヒッチコック作品の音楽を担当して以来、「間違えられた男」(1956年)、「めまい」(1958年)、「北北西に進路を取れ」(1959年)、「サイコ」(1960年)他、まるでヒッチコックお抱えの作曲家のようにヒッチコック映画になくてはならない存在になっていきます。そして、1975年「タクシードライバー」の音楽を担当するのですが、最後のレコーディング・セッションが終了して12時間後、息を引き取りました。「タクシードライバー」での音楽は、見事アカデミー作曲賞にノミネートされたのですが、この年同時にブライアン・デ・パルマ監督の「愛のメモリー」でもアカデミー作曲賞にノミネートされていたため、票が割れてしまい、結局賞を取り損ねてしまったのでした。



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