映画:忘れられない一瞬がある

「トスカーナの贋作」
Copie Conforme



イランの巨匠を偲ぶ




 2016年7月4日、イラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミ監督が滞在先のパリで死去した。享年76歳。キアロスタミ監督は名門テヘラン大学を卒業後、映画監督としてデビュー。イラン映画のニューウェーブに多大な功績を残した。「友だちのうちはどこ?」「そして人生はつづく」などで注目を集め、1997年、自殺の手助けをしてくれる人を探す中年男を描いた「桜桃の味」でカンヌ国際映画祭においてパルムドールに輝いた。
(この年の同時受賞作品は今村昌平監督の「うなぎ」だった。)初めて母国を離れイタリアで製作した「トスカーナの贋作」では主演のジュリエット・ビノシュがカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞した。その後、日本で撮影した日仏合作映画「ライク・サムワン・イン・ラブ」が最後の長編監督作となった。ラン・イスラム共和国では、価値観にあわない表現(ラブシーンや飲酒などの描写)が禁止されている。キアロスタミ監督の脚本は検閲を通っていたが、自殺や売春といった社会の暗部を描いたものが多く、イスラム教の規律を重んじる人たちは、これを嫌って公開を止めるよう映画館に圧力をかけた。その結果、上映期間は制限され、DVDとして発売することも許されなかったとか。「桜桃の味」がパルムドールに輝いた時ですら、多くのメディアがその快挙よりも、監督が授賞式でカトリーヌ・ドヌーブから頬にキスされたことを問題だとして大きく取り上げたという。
 素人をキャスティングすることがキアロスタミ作品の特徴のひとつだが、初めて母国を離れて撮影した「トスカーナの贋作」ではフランスの大女優ジュリエット・ビノシュを主演に起用している。
 舞台はイタリアの南トスカーナ地方にある町アレッツォ。ある日、この小さな村で英国の作家ジェームズが新作発表の講演を行う。新作のタイトルは、この映画の原題にもなっている「Copie Con forme(認証された贋作)」。アートは本物でさえ実物のコピーだから、アート界での真贋は無意味だという理論を展開するジェームズ。講演を聞きに来ていた女性(ジュリエット・ビノシュ)は通訳にメモを渡し席を立つ。そのメモはジェームズに届けられ、彼は彼女が経営するギャラリーを訪れる。ジェームズは彼女に村を案内して欲しいと願い出て、2人は車で美術館や街を散策する。カフェの女主人に夫婦と勘違いされたことをきっかけに、夫婦のように振る舞い始める。
 2人は芸術におけるオリジナルと贋作の問題について熱い議論を戦わせ始めるが、ジョークに対する考え方、妹夫婦のあり方に対する考え方、アートに関する考え方、全てにおいて価値観が違っている。そして、議論が白熱するとともに内容は愛についての問題へと移り、さらに2人の関係すらも変わっていくような不思議な展開になっていく。しかし、最後まで2人がどこまで演技していたのか分からない。ラストで教会の鐘の音を聞いた後、2人はどうなったのか?彼らは本当に他人同士だったのか…?
 「Copie Conforme(認証された贋作)」という原題が暗示するように、本物と偽物、現実と虚構が入り混じり、境界が曖昧になる。映画という形で、演じている人(ある意味で贋作)を観ている我々にとって、さらにその中の人が演じ始めるという二重構造になることで、感覚的に迷ったような不安に陥る。そして物語が進むにつれて本物と偽物の境界線が曖昧になり、たとえ贋作であっても、そこに宿る真理は本物だと気づかされる。すべての物は偽物であるという否定から始まった物語が、最終的には映画をはじめとする全ての創作物の価値を高める結果になっている。それをドラマチックにするための手法として、偽りの夫婦という2人を主人公に設定している。作品中に登場するいくつかの謎も解明されない。キアロスタミの作品において、その答えを見つけるのは観客なのだ。観客は自由に答えを考えてもいい。解釈の余地はたくさんあり、自分なりの解釈を求められる。何を観たのかではなく、どう観たのか。そこが大切なのだ。観客が自分なりの解釈を考察することによって物語は変化する。「贋作」が意味や価値を付随させられて「本物」になっていくのである。
 キアロスタミ監督の映画には、身の回りのささやかな出来事を淡々と取り上げたものが多い。それは彼が小津安次郎を敬愛していることも影響しているのだろう。しかし、単純に思えることを映像として表現するのは最も難しいのではないだろうか。あたりまえの日常の中に違和感や驚きを発見する感性のみずみずしさを彼の作品は教えてくれる。そして、もうひとつ特徴的なのは本作にはサウンドトラックとしての音楽がないことだ。生活音と自然の音のみで、まるで自分もそこに居るかのような錯覚を覚える。観客に自由な解釈の余地を残すキアロスタミの作品は、単純明快なハリウッド映画に比べると難解かもしれない。しかし、観た人の数だけ違った形の名作が存在する作品であるとも言える。
 かつて映画の公開が圧力で打ち切られた時、どうしても見たいという人が多く、ヤミ市場にコピー品のDVDやビデオが出回った。キアロスタミ監督がこの世を去った翌日の夜、イラン全土の映画館は自主的にスクリーンを数分止め、観客やスタッフがキアロスタミ氏に祈りを捧げたという。
 45年のキャリアの中で40本以上の作品を生み出したアッバス・キアロスタミという監督は、イラン映画界だけでなく、世界中の映画ファンから敬愛される映画監督だった。キアロスタミ監督の新作をもう観ることができないのはとても悲しい事だが、キアロスタミ監督の息子がインタビューで「2つの写真集と1つの映画を来年にリリースできればと思っている」と述べている。この映画とは、おそらく未完の遺作「24Fr ames」のことだろう。この作品は今年のベネチア国際映画祭でも上映予定らしいので、日本でも公開されることを切に願うばかりである。

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