映画:忘れられない一瞬がある

「ウンベルトD」
Umberto D.l


老人と犬が織りなす人生の悲哀





 監督は「靴みがき」や「自転車泥棒」、「ミラノの奇蹟」で戦後イタリアのネオレアリズモを担う巨匠と言われるヴィットリオ・デ・シーカ。脚本は「靴みがき」以降デ・シーカに協力しているチェーザレ・ザヴァッティーニ。「ウンベルトD」は、ザヴァッティーニがデ・シーカの父親をモデルにして書いたものと言われ、生活苦に翻弄される老人と犬の姿を描いた名作である。
 ウンベルト(カロル・バッティスティ)は、まじめに官吏の仕事を勤め上げた末にリストラされた70歳の老人である。今はわずかな恩給を頼りに愛犬フライクとアパートで暮らしているが、家賃が大幅に値上げされ、その前に滞納分を払わなければ早刻立ち退き、と言い渡される。彼は幾度も恩給引上げ要求のデモ隊に加わって陳情するが、当時のイタリアは敗戦後の不況の真っただ中にあり、彼の願いが聞き入れられることはなかった。  孤独な彼が心を通わすことができるのは、愛犬フライクと、大家が雇っているメイドのマリア(マリア・ピア・カジリオ)だけ。しかし、マリアも兵隊の子供を妊娠していて失職寸前だった。
 いろいろ金策に回るが上手くいかず、困り切ったウンベルトはとうとう物乞いをしようと意を決する。
 一人の紳士がウンベルトの前を通りかかり、とっさに右手を差し出すウンベルト。しかし、その紳士が財布から紙幣を取り出し彼に手渡そうとした時、ウンベルトの右手は裏返された。彼は物乞いを、ギリギリのところで否定したのである。
 次にウンベルトは、フライクに物乞いを代行させようとする。教えられた通り帽子を咥えて健気に頑張るフライク。ところが、タイミング悪く知り合いの紳士が通りかかる。ウンベルトは慌てて知り合いに近づくと、自分が愛犬に物乞いをさせていることを隠そうと話しかける。結局、ウンベルトは何も手に入れることなく、ただ空しさだけを味わって帰途についた。
 ある日、ウンベルトは愛犬フライクの世話をマリアに頼み慈善病院に入院する。何とか元気を回復したウンベルトだったが、アパートに戻ってみると、彼の部屋は改装中だった。ウンベルトは立ち竦む。しかし、それよりも衝撃だったのはフライクがいないことだった。フライクを探し回るウンベルトは、野良犬管理センターにまで足を伸ばし、ようやくフライクを発見する。  そしてウンベルトは、とうとうアパートを出る。朝の街を老人と犬は歩き回った。フライクの引き取り先を見つけてやらなければならない。しかし、どこにもフライクを可愛がってくれそうな所はない。ウンベルトはフライクと一緒に死ぬ事を決意した。
 線路までやって来たウンベルトは、しっかりとフライクを抱きかかえた。やがて列車が近づいて来る。一瞬、フライクがキャンキャンと鳴き逃げ出す…轟然と共に列車が通過した。ウンベルトは、心配そうに見つめている愛犬を、みじろぎもせずに見やった。そして、残り僅かな人生をフライクと生きて行こうと決めた。ウンベルトは、松ぼっくりを拾って遠くへ投げると再び愛犬と一緒に歩き始めた…。  ネオレアリズモという言葉を世に広めた「自転車泥棒」から3年。デ・シーカが同じ手法で作り上げた作品であるが、生活苦を背景に、老いることの残酷さを鮮烈に描き出している。本作はまさに 観ておくべき 作品だと言えるだろう。
 借金を申し込むウンベルトに対するかつての同僚たちのドライな態度など、貧しい環境に生きる者としての酷薄さを過不足なく描く手腕は、まさにネオレアリズモの極致。画面から醸し出されるリアルな悲壮感は、ひたすら切なく息が詰まる。
 そして、天井が見えるほどの極端なローアングル。このアングルは、まさにフライクの眼の高さと同じだ。この演出によって、観る側は主人の苦境をただ見守る事しかできないフライクの哀しさまで感じ取り、涙してしまうのだ。  ウンベルト役のカルロ・バッティスティは、プロの俳優ではなく、全くの素人で大学教授だったとのこと。当然演技は上手ではないが、貧しさとプライドの狭間で葛藤するシーンのなんともいえない仕草や表情、必死になってフライクを探しに行くシーンの表情などは胸に迫る。マリア役は同じく町でスカウトされたマリア・ピア・カジリオが出演している。
 そして、何といってもフライク役の犬の演技が見事!路上で芸を披露するシーン、ウンベルトが置き去りにしようとするシーン、自殺しようと思い詰めたウンベルトを見つめる瞳には涙・涙…。フライクの愛らしさと、ウンベルトがフライクに注ぐ愛情が、モノクロ映像の中で宝石のように輝いている。
 この作品が色褪せないのは、問題の深刻さが現代にも共通するテーマ性を持っているからだろう。
 ウンベルトは、本人に何の落ち度もないのに、社会の歪みによって弱者にされてしまった。そして、彼には家族がなく天涯孤独である。ただ彼には犬がいて、それが彼を人生に踏み留めている。確かにこの設定は寂しい。しかし、その寂しさがウンベルトとフライクのしみじみとした愛情を感じさせてくれる。
 切なさと温かさが交錯するラストシーンを観て何を想うかは人それぞれだろう。生活に困窮する姿は切実で辛いけれど、フライクという無垢な存在と共に生きる決意をしたウンベルトに僅かでも生きる希望があると私は信じたい。
 上辺だけを美しく取り繕ったドラマはすぐに記憶から消えてしまうが、「ウンベルトD」はいつまでも心に残る。それはこの作品が人生の本質に深く深く迫っているからだろう。決して明るい作品ではないが、無理に何かを感じようとせず、ありのままに受け止めて頂きたい名作である。

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