映画:忘れられない一瞬がある
「欲望」
Blow-Up


後の映画界に影響を与えたスタイリッシュな映像は必見





  イタリアを代表する映画監督、ミケランジェロ・アントニオーニは映画界最高の巨匠と呼ばれることもあれば、世界で最も退屈な映画監督の1人だと評されることもある。評論家や観客の間で評価が両極端に分かれる映画監督である。とは言え、アントニオーニ監督が1960年代に撮影した作品は、3大映画祭(カンヌ、ヴェネチア、ベルリン)の全てで最高賞受賞という偉業を達成していることも事実で、彼が巨匠と呼ばれるのにふさわしい人物である事は間違いないだろう。 「欲望」も、非常にアントニオーニらしい抽象的な作品である。この作品は、アントニオーニ初の英語作品であり、世界で初めて起承転結を廃した映画と言われているが、それまでのアントニオーニ作品とうって変わって スウィンギング・ロンドン と言われた60年代のポップ・カルチャーや、当時最先端モードであった原色のファッションを多用して大きな注目を集めた。
 また、音楽はハービー・ハンコックが担当し、作品中でヤードバーズのジェフ・ベックが演奏中に自分のギターネックを壊すという貴重なシーンも話題になったので、ヤードバーズ目当てでこの作品を観たという人も多いのではないだろうか。当時はまだ新人に近いヴァネッサ・レッドグレイヴ、ジェーン・バーキン、サラ・マイルズが出演しているのも今となっては驚きである。
 物語の舞台は1966年のロンドン。主人公のトーマス(デヴィッド・ヘミングズ)は、有名なファッションカメラマンだ。ある日の午後、モデル達に飽きた彼は、気分転換のために公園で何枚か美しい自然の写真を撮った後、密会中らしきカップルに気づき隠し撮りをする。女性(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)が彼に気づき、ネガを渡すよう要求するがトーマスは取り合わない。その後、トーマスのスタジオを探し当てて来た彼女は、ヌードモデルになる事と交換条件でフィルムを渡すように要求する。トーマスはその話に乗ったふりをして別のネガを彼女に渡す。
 女性が去った後、トーマスはフィルムを現像する。写真を壁に貼ってみると何か違和感を感じる。女性の視線が不自然なのだ。その視線が気になった彼は、女性の視線が向けられた茂みの部分を引き伸ばし(Blow-Up)してみる。拳銃を持った男が茂みの中に潜んでいるようにも見える。次に、女性が1人で立っている写真をチェックすると、その足元にうずくまっている影のようなものが、彼女と抱き合っていた紳士の死体のようにも見える。今度はその影の部分を拡大してみる。ところが、写真は拡大すればするほど粒子が粗くなり、モザイク画のようになってしまう。急いで公園に戻ってみるが、そこにはもう誰もいない。死体もない。曖昧な気持ちのままスタジオに戻ると、プリントした写真は誰かに持ち去られていた。フィルムもなくなっている。自分が見たものは現実なのか錯覚なのか、それを判断する材料は全て奪われてしまったのだ。
 …と、こう書くとミステリーのような印象だが、主人公はこの事を仲間や世間に伝えようとするが、誰も彼の話に関心を示さず、不条理な疎外感の中を彼は彷徨する…という展開になり、ミステリーとしては完結しない。こういう所はいかにもアントニオーニらしい。
 主人公は翌朝も公園を訪れるが、もちろん死体はない。そこに顔を白く塗った若者達が現れ、テニスコートでボールもラケットも持たずにパントマイムで試合を始める。ボールが場外に飛び出したらしく、主人公はボールを拾ってくれと促される。彼は、ボールを拾って投げ返すふりをする。ボールを受け取った若者達は再びテニスを始める。すると、コーン、コーン…と主人公にボールの音が聞こえ始める。その音に、ハービー・ハンコックの主題曲が突然かぶさり、エンドタイトルが浮かびあがる。
 他人と認識を共有することがどれだけ困難な事か。アントニオーニ監督は、作品の中で証拠を消していき、最後には主人公まで消し去ってしまう。まるで、この映画すらも存在しなかったかのように。そこに暴き出されているのは現代の人間関係の薄っぺらさ、希薄な日常の薄気味悪さだ。消えてしまった写真によって全てが曖昧になっていくのだが、唯一残っていた1枚は、引き伸ばしすぎて抽象画のようになった写真である。そして、抽象画については、主人公の友人である画家が冒頭近くに語るセリフで既に提示されているのだ。
 アントニオーニ監督によれば 真実とは見せかけの下に存在し、その下にはさらなる真実が存在する という。彼は、目に見えるもの(写真)と見えないもの(テニスボール)の境界がどれほど曖昧なものであるか、という問いを私たちに提起する。  画家を目指していたアントニオーニ監督は、この作品で主人公がプロペラを買う骨董屋の壁の色を塗り替え、さらに道路の色まで塗り替えたそうだ。公園で男女が密会するシーンでは、なんと木の幹から1つ1つの葉に至るまでペイントを施している。つまり、この作品に登場する 自然 も、アントニオーニという画家が再構築した 自然 なのだ。
 ある筈のないテニスボールをつかんだ後、消えてしまう主人公は何を象徴しているのか。明快な答えを望む人には苦手な作品かもしれないが、半世紀近くを経ていまだに多くの議論を呼んでいるこの作品は、不思議な魅力を持った名作だと言えるだろう。

映画トップ