映画:忘れられない一瞬がある

「ゾンビーノ」
FIDO


ハートウォーミングで風刺の効いたゾンビコメディ





 冒頭、〝A Bright New World(明るい新世界)〟というビデオメッセージが流れるところから物語は始まる。
 かつて地球では、宇宙からの放射線が原因で死体がゾンビとなり人間を襲い始めた。ゾンビ戦争と呼ばれた長い戦いの末、人類はゾンビとの戦いに勝利し、画期的な首輪を発明した。ゾムコン社が開発したこの首輪は、ゾンビの人肉を喰いたい欲求を制御でき(リモコンおしおき機能付き)、赤ランプが点灯している時のゾンビはおとなしく、従順になるのだ。首輪を付けると体の腐敗も止まるらしい。
 首輪をつけられたゾンビはある程度の知能を有しているため、人間はゾンビを労働力として使うようになった。高いフェンスによってセキュリティが保たれている街の中では新聞配達もゾンビ、牛乳配達もゾンビ、庭の手入れもゾンビ、学校の用務員もゾンビである。ゾンビは召使いのような感覚で一般家庭にも普及し、ゾンビをたくさん使っている事が金持ちの証という風潮になっている。
 そんなゾンビと人間が共存しているウィラードという田舎町でティミー(クサン・レイ)は、母親ヘレン(キャリー=アン・モス)と、父親ビル(ディラン・ベイカー)と暮らしている。世間体を気にするヘレンはゾンビが欲しいと常々思っているのだが、ゾンビ恐怖症のビルは、自分と妻子の葬式ローンでアップアップの生活。ゾムコン社が支配する社会では、葬式ができるのはお金持ちの特権となり、残りの人は皆ゾンビになる。違法に埋葬してゾンビを出した親族はゾムコン社に逮捕されるのだ。
 ヘレンが妊娠したことをビルに告げても(キャリー=アン・モスが妊娠中だったため付け加えられた設定らしい)「僕の給料じゃ葬式ローンの追加は無理だ」とそっけない。しかし、ヘレンが見栄を張って嘘をついたため、なりゆきでゾンビを飼うことに。友達のいないティミーは、ある日ゾンビがいじめっ子から守ってくれたのをきっかけに、少しずつ心を通わせ始める。ファイド(ビリー・コノリー)と名付けられたそのゾンビは、次第に大切な存在になってゆく。ちなみに原題の「FIDO(ファイド)」は、英語圏において一般的なペットの名前。日本で言えばポチとかコロといったところか。
 そんなある日、キャッチボール中にうっかり隣家の庭に入り込んでしまったファイドは、そこで偏屈なヘンダーソン夫人に遭遇。夫人がファイドに殴りかかって首輪を壊したため、ファイドはヘンダーソン夫人を襲ってしまう。それを見つけたティミーは、ファイドがゾムコン社に連れて行かれることを恐れ、公園の花壇に夫人を埋める。ところが、ヘンダーソン夫人がゾンビとなって甦り、人を襲ったため大騒ぎになってしまう。結局、ファイドはゾムコン社に連れて行かれてしまうのだが、優秀だったので殺されずにゾムコン社内で働かされることになる。それを知ったティミーは、隣に住む風変わりなテオポリスさんの協力を得てゾムコン社に乗り込んで行く…。
 まず、この作品がユニークなのは、50年代のアメリカを舞台にしたポップでキュートな世界にゾンビを投入した世界観だ。オールディーズ風のメロディーが流れ、ペパーミントグリーンやマリーゴールドイエローのレトロな車が走る明るい街。それなのに、みんな普通にゾンビと共存しているという設定は、あまりにもシュールだ。
 ゾンビものといえば、絶望的な状況に陥ったサバイバルな世界が一般的だが、本作は実に明るい。 「うちは3人とも葬式をするぞ」と言うビルに「私とティミーはゾンビになるわ」と返すヘレンなど、ゾンビが普通に存在する世界では人々の死に対する思いも実にあっけらかんとしていて、そこが面白くもあり不気味でもある。また、嫌な奴はきっちりゾンビになり、ラストにはかなりブラックなオチも用意されている辺り、この監督はツボを心得ているなぁと思わせられる。
 ゾンビ・コメディというジャンルで笑いと恐怖を両立させる事はかなり難しいと思うのだが、その点もちゃんと成功しているところが素晴らしい。そして、コメディとして笑える一方で、ゾンビという存在を通して描く人間社会の有り様にはシニカルな寓意も込められている。黒人奴隷を始めとする人種差別、銃社会の安易さ、中流意識への強迫観念、人間性とは何かという疑問などなど、考えさせられる事も多い。
 そして、観ているうちにゾンビたちが愛らしく思えてくるのもこの作品の特徴だ。ティミーの隣人、テオポリスさんの家に居るタミーは、首輪を早くつけたので腐敗が進行していない可愛いコなのだが「こいつがいなくなったら似てる奴を飼う」とテオポリスさんが言うと、ゾンビなのに傷ついたりする。ティミーに水をかけられ、困りながらも実は喜んでいるファイドの姿を見ると、なぜかゾンビである彼らの方が、窮屈な世界で生きている人間たちよりも幸せそうに思えてくる。
 従来のゾンビものと比べたら残酷なシーンも少なく、ゾンビ初心者の方にもおススメの作品。しかし、少ないながらも一応PGー12指定になっているので、残酷描写が苦手な人は要注意。全編ゾンビ愛に満ち溢れたポップでシュールでハートフルな作品である。

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