時の深淵に触れる―鍾乳洞の不思議。


鍾乳洞の不思議 旅の紹介





 出発したとき、香川では丁度桜の頃だった。
 新幹線で約7時間、さらに車で2時間。
 着いた岩手県岩泉の桜は、まだ固く蕾を閉じたままだった。この記事が発行される5月頃には、きっときれいに咲いていることだろう。今私は、満開の桜の下に静かに落ちつづける雫の音を感じながら、この原稿を書いている。


 日本には「鍾乳洞」がとても多い。これは、石灰岩地帯が多いからだ。
 四国にも高知県に「龍河洞」があり、山口県の秋吉台にあるカルスト地形は、中四国地方の人間にとっては、一度は訪れたことのある旅行の定番名所だろう。

 今回の目的地を岩手にしたのには2つばかり理由がある。
 ひとつは、ここでは鍾乳洞の姿を自然のまま保存している「氷渡(すがわたり)探検洞」をみることができること。そして、水深日本一、世界でも有数の透明度を誇る地底湖を持つ「龍泉(りゅうせん)洞」があるからだ。


 氷渡探検洞は舗装道がついていないので、入るにはそれなりの装具が必要になる。
つなぎ服、軍手、長靴、ヘルメット、ヘッドライト。「まるで登山に行くようですね」と冗談で言ったら、その通りだと答えられた。

 洞穴を探検する事をケイビング(Caving)というのだが、この技術はヨーロッパで中世から徐々に発達し、19世紀以降、山岳登山の技術を導入してから急速に発展したのだそうだ。私たちが観光として訪れる鍾乳洞の多くは安全な横穴ばかりだが、研究などの為に洞穴に入る場合は、当然絶壁をロープで降りる事も、ボートで地底湖を渡ることもある。観光、安全といったイメージの強かった鍾乳洞が、急にリアルに感じられてきた。


 鍾乳洞に一歩踏み入れると、ひんやりと冷たい。気温は9〜10℃で、これは年間を通してほぼ一定しているのだそうだ。ヘッドライトを消すと一歩も進むことのできない暗黒の世界だ。どこからともなく水音が聞こえてくる。


 鍾乳石ができるのには、気が遠くなるほどの歳月がかかる。
 それは誰しもが知っていることだろう。

 鍾乳石の代表的な形である石筍(せきじゅん)は、石灰分を含んだ雫が床に落ち、積もって固まったものだが、この石筍は100年かかってやっと6mmしか育たない。天井の雫が固まったつらら石と石筍がつながり石柱となるには、では一体何千年かかるのだろう。


 しかし、そもそも鍾乳洞自体ができるまでにも、さらに何万年もの歳月がかかっているのである。鍾乳洞は石灰岩からできており、その石灰岩は海の生物からできている。海のサンゴや貝の死にがらが降り積もり、圧縮されて固い岩石に変化する。そして、その海底が隆起して、陸地になる。

 日本列島もかつては海の底にあり、それゆえに石灰岩地帯が多いのである。石灰岩は酸性の水に溶ける性質を持つ。自然界でのそれは、地下にしみ込んだ雨水である。豊かな山々へ降りそそいだ雨水は腐葉土を通り抜け、ろ過され、透明度の高い美しい地下水になる。地下に潜っていく間に二酸化炭素が溶け込み、酸性に変わった地下水がゆっくりと時間をかけて石灰岩を溶かしてゆくのだ。

 やがて何らかの理由により、水位が下がったり、水脈が変わるなどして水が引くと、そこには大きな鍾乳洞ができるというわけだ。鍾乳洞ができると今度は、染み出た地下水が鍾乳洞内の空気に触れることによって二酸化炭素を失い、石灰分だけが残ることによって、さまざまな鍾乳石を造るのである。

複雑な自然現象が作り上げた、まさに奇跡の彫刻である。


 ヘッドライトのわずかな明かり。水音。手に触れる岩のひんやりとした感触。

 何十万年、何百万年という果てしない歳月。網目のような洞穴を通り抜けた地下水は、やがて地表に流れ出て川となり、海にたどり着く。そして、また雨となって降り注ぐのだ。永遠に繰り返される自然のサイクル。


 目の前が明るくなり、やっと出口にたどり着いたときには、太古から現代へ瞬間移動してきたような妙な気持ちになった。


 絶対的な自然を前にして思うのは、いつも同じことだ。
 自分はなんてちっぽけなんだろうということ。
 そして、ただ生きるということが、とても大切だということ。

 あの岩手の花の下では、今日も一滴の雫が、奇跡の彫刻を造り続けている。
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